miyamu's
DAY BY DAY

ヨコハマ徒然日記
ヨコハマ生活いい感じ。
いいトコ探せばいい感じ。
いいコト出来ればいい感じ。
いいヒト出会うといい感じ。

May2004 back number ★過去の徒然日記
May 31, 2004

末にメロンパンの移動販売が来ているよ!という話を聞いてから1週間。昨日は私もメロンパンを求めて、はるばる(っていう距離でもないが)行ってまいりました。

間は5月最後の日曜日、それなのに、私は記録的ともいえる暑さですっかり参っていた。待てども待てども熱射が弱まる気配も無いまま時間だけが過ぎていき、午後のおやつにメロンパンを食べようという予定は消えかけていた。しかし!こんな暑さに負けていてはメロンパン好きの名がすたるってもの。私のメロンパンへの愛は夏の炎天下よりも熱いのだ!!と、ちょっと無理やりにやる気を奮い立たせたのであります。

ロンパン行脚に出る間、夫とminimuにはエアコンの効いた部屋でゴロゴロしていてもらって、私は力の出ない身体に水浴びをして気合十分、1人車に乗った。車内にこもった熱気にせっかく止まった汗が再び滲んでくる。ム、負けそう・・・。窓を全開にしても座るシートがすでに熱い。こんな暑い日に、汗水たらして車を飛ばし、メロンパン“のみ”を買いに行くのだから・・・。メロンパン売りの人たちも、こんな熱心なお客がいるなんて幸せだよねぇ。吹き込む風で頭をメデューサ状態になびかせながら、自分の状況がおかしくて笑ってしまった。

すがに日曜日の昼間だけあって、道が混んでいた。自転車や歩行者が多くて、駅前などではそれをよけて車が徐行して走るために渋滞しているようだった。ラジオも夏らしい音楽ばかりかけている。それにしても暑い、もとい、熱い。これじゃ肌が焼けるのも無理ないか。そうこうしているうちに「この辺にいるよ」と聞いていた場所にようやく辿り着いた。時々車を路肩に寄せてメロンパン販売車を探しながら進んでいたら、道の反対側に焼きたてメロンパンののぼりが、車の前には小さな人だかりが見えた。早速次の交差点でUターンさせ、のぼりの近くに車を停めて小走りにメロンパンに向かった。

ーブンを搭載した車の前で、まだ焼きたての臭いが漂っているプレーンとチョコチップのメロンパンが売られていた。私はほんの少し悩んだ末、2個ずつ買った。メロンパンだけを4個もなんて、先を考えない買い方だけど、そこまで辿り着いたという達成感が私の財布の紐をゆるくさせたのだ。どうせ私が食べるのだからいいか、という感じに。まだぬくもりの残るメロンパンが入った袋を抱えて、まっすぐに家に帰った。この焼きたてをとりあえず試食会しなくては。

方の味を夫と半分ずつにして食べようとナイフを入れたら、メロンパンのクッキー生地がザクッといい音を立てた。いいね〜、これぞ焼きたての醍醐味ではないか。中の生地はふんわりしっとり、これがクッキー部分と相性バッチリなのだ。黙々と一気に食べてしまった。私個人の感想では、チョコチップよりもプレーンの方が美味しい。チョコが入るとその甘さが目立って、クッキーのオリジナルな風味が薄れてしまうような気がしたからだ。ともかく満足度はまずまずで、暑い中わざわざ買いに行って良かったと思う味だった。

ットでメロンパンの移動販売を調べてみたら、今やブームなのか、いくつかの会社が別のメロンパン移動販売を行っているという事が分かった。どこかが流行ると他所が真似をするというのはよくあることだ。きっと私が買ったのは、いわゆる“元祖”ではない後発の会社なのだろうけど、似たような展開でもオリジナリティを付加して、同レベルの美味しさを提供しているのなら上等だと思う。でも日本の場合は流行り廃りが早いので、数年前のシュークリームのようにそのうち行列も無くなるのだろうけど・・・。ところで、私が汗をかきつつ駆けつけたメロンパン販売車は、なんと来月も毎週末にやってくるらしい。あらま、それじゃこんなに慌てる必要も無かったのね。



ウンターが4万になったと、昨日連絡メールをいただきました。ありがとうございます。「みやむーちゃん」、予告どおり贈らせていただきます。このごろは日記以外のコンテンツがなかなか増やせない状態ながら、見に来て下さる方がいらっしゃることに感謝しつつ、細々と続けております。でも、また色々と書いていきたいです、もっとものんびりペースなのですが。今後もお付き合いいただければ光栄です。


May 30, 2004

んとう、天気予報が当てにならない。今日は今年一番の暑い日だとぉ!?そんなこと昨日は言ってなかったのに・・・。確か曇りか雨だといっていたはずなので、それほど暑い訳が無いと思っていたら大誤算である。私は朝起きた時からなんとなく調子が悪かった。身体が熱っぽくてだるいのだ。目はチカチカ、足はフラフラの、軽い
脱水症状になっている。力が出ない・・・。11時で、31℃を越えているなんて。うへー、外に出たくない。参った。

レビに映る渋谷の交差点は、タンクトップにキャミソール、サングラスにサンダルという真夏の光景だった。おいおい、一応まだ5月なんじゃないの?いきなりこんなに真夏モードになっても、私は身体がついて行けないぞ。朝っぱらからエアコンを使わずにはいられないなんて、この気候はどうかしている。今後がものすごく不安になってきた。


May 29, 2004

ょっと足を延ばして、多摩境にあるCOSTCOに行った。COSTCOはアメリカの大型卸売スーパーで、業務用やジャンボサイズの商品が倉庫型の店舗にどかーんと売られている、会員制のチェーン店である。会員制なので、COSTCOを利用するにはまず会員になる必要があり、約50ドルほどの入会費を払わなければ入店すらさせてもらえない。(ちなみにこの会費、日本では4200円)。アメリカ時代、会員証を持っている友人の連れとしてCOSTCOを何度か利用した事があった。歩くだけでいい運動になる広さと、面白いほどデカイ商品たちを見て回るのが楽しい場所だったし、これぞアメリカ!という雰囲気が味わえた。

軍基地のある地域にCOSTCOあり(?)なのか、そんな気になるCOSTCOが日本にも数店あるという話は知っていた。でもなかなか簡単に行けない場所にあるし、そもそも私は会員証も持っていないので、COSTCOに行く事はないかもなぁと思っていた。でも、今回は縁あって潜入することに成功!家から車で1時間強、はるばる来たぜ、多摩境〜♪

OSTCOにある表示は全て英語と日本語のバイリンガルだった。言語は日本語、でも店員さんは外国人も多い。お客さんも外国人率が高い。場所柄か、平日にはさらにアメリカ人の利用者が多いらしい。一歩店内に入ると、懐かしい匂いがした。きっと洗濯洗剤や柔軟材の香料だろう。天井まで積まれた商品も、かつて見慣れた懐かしいアメリカ大衆ブランドが沢山!洗剤やらシリアルやらペーパーやら、ウッこんなにいらないよ〜というスケールで売られている。単価にしたら安いのに、大きすぎて買えないものも多数ある。輸入品以外にも、日本の有名な商品が多数業務用サイズで売られていた。「へー、こんなサイズもあるんだぁ」と、見ているだけで楽しくなる。懐かしい、アメリカっぽい空間。大変気に入りました。

も気になるのは、距離と入会金。聞いた話ながら、今秋、横浜市金沢区にもCOSTCOがオープンするらしい。1年間楽しめるアメリカン・スーパーマーケット・アミューズメントとして、楽しむだけでもいいかもしれない。そうしたら会員になろうかな。多摩境だと、1年で年会費の元を取れないような気がするけど、金沢ならもう少し近くなるかもしれないし・・・。ところで、COSTCOの発音について、アメリカでは「コスコ」と呼ばれていたけれど、日本では「コストコ」というらしい。「コスコ」だとスペルのTが紛らわしいから、「コストコ」で良いと思う。

日の収穫・・・業務用こくまろホワイトシチューの素(粉末1kg)、音の出る絵本「I Spy」(そうだ、COSTCOは洋書が安いぞ!でも種類は少ない。)、お米10Kg、ごませんべい30袋入り・・・。う、飽きそう。生鮮食品はスチロールの箱を忘れたため、今日は残念ながら買えず仕舞い。結局洋書以外は、MADE IN JAPAN、このオチが日本の商品のクオリティを物語っているような気もする・・・。


May 28, 2004

Happy Birthday, MINIMU !!
今日はminimuの1歳の誕生日である。ってことは、ちょうど1年前、出産したって事か。信じられない。時差があるから日本時間で言うと29日の昼頃がちょうど1周年なのだが、戸籍上は28日である。きっと今日は1日中、「ああ、1年前の今頃は、入院した頃だぁ・・・」とか思い出しながら過ごす事になるだろう。

児に追われて日々が過ぎるということは、ちょっと前のことが忘れ去られがちになってしまう。何もかも今が最も大切で、子供の成長は止まらないので、昔を懐かしんでいる暇など無いという感じなのだ。でも、今日は特別に色々と思い出してみよう。1年前に通っていた病院、入院生活、食べたもの、住んでいた家、生活そのもの、経験して感じた色々な思い出を。生まれたての子供達には、国も人種も言葉も関係無くて、それでもただ存在だけはしっかりあって、外国で、見知らぬ人が笑顔で話し掛けてくる、それまでただの外国人だった私が、何故か社会に受け入れられてしまうパワー、その力はいつも私に勇気をくれた。・・・しんみり。

inimu、この1年、ただの赤ちゃんのようで、実はいつも私と一緒に何かに挑戦していたよね。時に励ましてくれたり、助けてくれたり、小さいながら立派な戦友だったと思う。どうもありがとう。これからも、頑張っていこう。こんなに大きくなりました。


生まれたての足

1歳の足


May 27, 2004

夕、我が家に懲りもせずやってくる招かれざる人、それは新聞屋。私の家には今どき珍しい押すだけの呼び鈴がついており、“ピンポーン”という音がしても、家の中から外にいる人とインターホンで会話が出来ない。ドアのガラス部分から透けて見える相手を遠めに伺うか、直接ドア越しに会話するしかないのだ。これはとても不便だし、危険がいっぱいの現代において安全ではないと思う。

ういう訳か、今週は私が在宅している時間に毎日、新聞のセールスがやってくる。新聞の配達時間にはもちろん、暗くなってから家に帰っても、玄関に門灯が点くと“ピンポーン”と聞こえる。も、もしや狙われてるとか?見計らったようなタイミングが怖い。親切心で出ても、新聞屋だとガッカリする。会話するのも断るのも、食い下がられるのも全てストレスの元になる。それが毎日毎日。断られても諦めない根性はさすが、相手もプロなのだ。でもなんていうか、しつこーーーい!!!また明日来たら、絶対叫ぶぞ。

聞のセールスは、新聞社が違ってもみんな同じ性格(というか、売り込み)をしている。今のところ家に来るのはY売と、A日の二社で、毎日来ているようで実は交互なのかもしれない。でも私にしてみればどっちもどっちで、迷惑な事には変わり無い。“ピンポーン”が鳴ると、とりあえず出る。こちらには、もしかすると他の人かもしれないという良心がある分、相手もそれにつけこんでいるのだろう。しかし大声で「ハーイ」と答え、相手がそれに返事もしなければそこでアウトだ。「どちら様ですか」と聞いても無言なら、もうおしまい。でもそこで「○○新聞です」と言ってくるなら、丁寧に相手をしてあげる。「結構です。」

こうは最初から「NO」と言われる事を想定して営業をしているので、そんなことにはお構いなしだ。息もつかせず同じ事ばかり喋り続ける。いらないって言ってるでしょ、そう思っても口に出せる人は少ないだろうから、言いたい放題あれこれと、売り文句を並べ立てるのだ。本当にうるさい。こうなったら私は長話は無用だと、「ハイ、いりません、ゴメンナサーーーイ。」と、大声で宣言してリビングに引っ込む。一方的な相手には一方的に出ればよい。おお、私も大分強くなったもんだ。それぐらい、毎日来られれば練習にもなるわ。うーん、そろそろ呼び鈴の上にシールを貼るかな。「セールス、特に新聞屋お断り」って、手作りで。


May 26, 2004

んなで飲んだ後に、割り勘にしようと話していたら、ある人が「○○さんは他の人よりも沢山飲んだから、多く払ってもらおう」などと言い出した。そんなことでケチケチしないでよ〜という気持ちになったら、すかさずこう言おう。「Don't be shabby!」ラジオで耳にしたこのフレーズ、ちょっと使えそうな感じ。でも、shabbyにはケチという意味もあるの?

SLのGrammarのクラスを取っていた頃、毎回5〜6ページの短編小説を読んでくる宿題が出ていた。日本で言う星新一のショートショートのような感じのあっと驚くどんでん返しがあったり、はたまたしんみりさせられる人情物があったり、教授の選んでくる小説は面白いものが多かった。まとまった英文を読むのには苦労したけれど、英語の小説もいい物だとその時知った。

の頃読んだ小説の中のひとつに、shabbyという単語が沢山出てくるものがあった。身なりの良い、裕福そうに見える青年が、ふと通り過ぎたshabbyな家のポーチにshabbyな老人が座っていて、青年は老人に対して「あんな風にはならないぞ」と思う。しかし、年を取るにつれて人生で大切なのは富や地位や名誉だけではないと最後には思うようになり、最後には自分もshabbyな家に住み、苦楽を共にした奥さんと一緒にポーチに座って穏やかな幸せを味わう・・・と、その前をまた別の青年が同情するような視線で通り過ぎてゆくのだ。ああ、あれは若い頃の自分なんだね・・・という、エンディングが始まりと輪廻する小説だった。

の小説で使われていたshabbyの意味が、みすぼらしい、むさ苦しい、粗末などだったので、私の中ではshabbyという単語にはくたびれたイメージが定着していた。shabbyと耳にすると、あの小説に付いていた挿絵が脳裏に浮かんできた。だからラジオで聞いたケチという時にも使うというのが意外に思えて、家に帰ってからすぐに単語をチェックした。すると確かに、卑しいとかケチなという意味が後ろの方に書かれていた。ひとつ勉強になりました。


May 25, 2004

末の寒い曇天の反動か、今週はきれいに晴れている。そんな天気が、私を久し振りに“歩こう”という気持ちに駆り立てた。駅まで歩くのは本当に久し振りだ。散歩がてら、ベビーカーを押した。minimuはもう10kg以上の体重があるので、ちょっとの傾斜でも長い上り坂では息があがる。普段車に頼りすぎているせいで運動不足になっているようだ。

分もすると、ぴったりしたジーンズが関節の動きを邪魔するので、まるで重りをつけて歩いているような感じになってきた。それから買い物をして1時間ほど歩いたのだけれど、家に帰る頃にはしっかり運動した後のように燃焼された気分になっていた。真っ先にきついジーンズを脱ぐと、足が妙に軽い!いつもよりも5cmは高く跳べそうな気分!?・・・と、こんなことに喜んでいないで、私もいい加減に真面目に運動しなくてはいけないということだろう。適度に鍛えた身体の女性っていうのも、ちょっと憧れる。minimuが自分の足で歩けるようになったら、もう少し歩く日が増えるのかもしれないし、ますます薄着になる夏に向けて、私も頑張らなくては。

の半年ほどを振り返ると、私はどこへ行くにも車に乗っていたように思う。横浜市は公共の交通網も発達している環境ではあるけれど、私は大抵の場所に駐車場がついているような地域(つまり郊外)に住んでいるため、“電車や徒歩の方がずっと便利で都合が良い”というわけでもない。自分ひとりならば自転車に乗るかもしれないけれど、子供と一緒なら車の方が何かと楽なのだ。かさばる荷物やベビーカーもぽんと載せれば良いし、帰りに荷物が増えてもへっちゃらだし、大声で泣かれても平気、車は気楽な動く部屋となる。

も、アメリカに行くこともなくずっと日本に住んでいたなら、私は今でも運転なんてしなかったんだろうなぁと思う。たとえ自家用車があっても、それを自分で運転してどこかへ行くなんていう発想にはならなかったろうし、お出かけ=徒歩という考えに疑問すら抱かなかっただろう。そう考えると、今こうして運転出来るようになったのはアメリカ生活の賜物なのかもしれない。たかが運転、されど運転。もしかしたら英語よりもずっと使える、生活に活かせる能力ではないだろうか。


May 24, 2004

しいメールが2通やってきた。1つは先週アメリカに住む友達に送った小包が無事に届いたという知らせで、もう1つは別の友達から、かねてからWANTED状態だった「焼きたてメロンパンの移動販売」が近所に来ている!という貴重な情報だった。文字だけなのに、すっかり私を幸せな気分にしてくれるのだから、メールの威力はあなどれない。次の週末は、何はさておきメロンパンを買いに行くしかない!

の頃は自分からマメにメールを出しもしないくせに、メールチェックが空振りだと(起動した時にピンポーンという音がするのを耳が待っているのだ)ガッカリしていた。だから今日私が人から貰った嬉しい気分を独り占めしないで、今度は自分が誰かをホッと喜ばせるようなサプライズな幸せ気分を送ってみようかしら・・・という気持ちになった。メールは来るとやっぱり嬉しい。小さなプレゼントと同じなのだ。



と目を留めたテレビ欄にて。
NHK教育の中学生日記、サブタイトルが「ああ・・・哀愁のブリーフ」っていうのはどうなの?

っと体育か身体計測の着替えか何かで、クラスのとある少年がブリーフを着用(絶対白よ、賭けてもいい!)しているのを発見した小生意気なクラスメイトが、「うわっ見ろよ〜、○○、まだブリーフ履いてるぜ」なんて茶化すのだろう。見なくてもあらすじが分かってしまう自分がコワイ。などとズラズラ書いておきながら、全然ちがう内容だったらゴメンナサイ。もしかしたらお母さんが入院している思春期の女の子が、渋々ながらお父さんのくたびれたブリーフ(もちろん白)を洗濯しなくてはいけないという、哀愁のストーリーかもしれないしね。いずれにしても、私が中学生だった頃の道徳番組とはタイトルからして違う。これも時代か。

朴な疑問なのは、世の中の男の子達はいつから自分の服を自分で買うようになるのだという事。下着も含めて、いつまでお母さんが選んだ物を着るのだろうか。minimuは男の子だし、いつか「もうお母さんとは買い物行かないよ」などと一丁前のことを言い出すときがくる時のために、心の準備(?)をしておかなくては・・・なんて、何年も先の話で思わず笑ってしまう。


May 23, 2004

しい物。プラズマテレビ。でも、大きすぎて置き場所が無い。ホームシアター一式。でも、ホームでシアターなどしている時間が無い。新しいパソコン。でも5年落ちのノートでまだ頑張っている。・・・というか、まずはそんな物買うお金が無いぞ。いやね、ただちょっと言ってみただけです。私は家電の量販店に行くのが好きだ。何か買うためではなくても、新しい物の機能だとかデザインを見比べたり、値段をチェックしたり、行くたびにおもしろい物を発見できるのが楽しいのだ。電化製品の進歩や新製品の普及が早いので、暮らしはどんどん便利で快適になっている。

しい物が出ると興味が沸くし「あんなのあったらいいね〜」と思う。とはいえ数年待てば今の最新は旧式になってしまうわけで、その頃には当然人々の流行やニーズも変わるのだし、値崩れも起きる。そう考えると物の買い時を見極めるというのは難しいことだ。大きな買い物や、長く使う物ほど慎重になるのは当然か。それにしても本当に日本って進んでいるし、豊かな国だなぁ。

節が戻ったような寒い週末。昨日は学生時代の友人の家にminimuを連れて行ってきた。思えば私が彼女に会うのは1年半ぶりだし、しかも今回は子犬並みに活発な子供を連れて行ったにもかかわらず、変わらない笑顔で温かく迎えてくれて感謝!である。最初こそ大人しく周囲の様子を伺っていたminimuだったけれど、次第に調子が出てきて、帰る頃にはヘロヘロになるまで楽しく動き回っていた。おかげで帰りの車中ではグッズリで、しめしめ・・・という感じ。また会いましょう。


May 21,  2004

本で裁判員法を導入するという案が国会で承認されたという。これで私も、将来何かしらの裁判に召喚される可能性が出たのだ。アメリカの陪審員制度のような感じなのだろう。とはいえ、日本の裁判員がどの程度の決定権をもつのかもよく理解していないので、あれこれ言う前にもっとよく勉強する必要があるのだが。この制度が実際に施行されるのはまだ数年先のことながら、世論が操作されやすく集団意識の強い日本で“一般人が他人を裁く”ことについて、ほんの少し不安に思ったのも事実だったりする。


May 20, 2004

語の習得は、進んで戻って、行ったり来たりの繰り返しである。手応えや上達を自分で感じにくい分、高いモチベーションを持ち続けて一定の努力をし続けるのが難しいのだ。自分でそれを分かっているから、他の人と話をしていると、その人のスキルから日頃の頑張りがどの程度なのかもなんとなく感じられてしまう。

onversationのクラスにいるメンバーは、私が「やっぱりすごいなぁ」と感服させられる人ばかり。もう成人しているお子さんがいるという2人は、1人は学生時代から英語サークルでディベートの腕を磨いてきたらしく、数十年経った今でもきれいな英会話で、語彙も非常に豊かである。もう1人はアメリカに数年暮らしていたそうで、趣味を通じて現地の友人もたくさん作っていたという、積極的な人だ。もちろん日常会話には問題がないレベルのように見受けられる。本当に英会話が好きなのね〜と、一緒にいて伝わってくる人達だ。

してもう1人、努力家タイプの人もいる。彼女曰く、以前は英語が大嫌いだったけれど、自宅を留学生のホームステイ先として提供しはじめたことで英語が必要になり、英語をやり直して習い始めたのだという。それにしても自分でこれぐらい出来たら素晴らしいと思うし、まだ発展し続けている途中のような勢いを感じる。臆することなく発言する前向きな姿勢も、会話の隙間を探すのが下手な私から見たら羨ましい限りだ。本気になって頑張ったという見本のような人なので、私は“えらいですよ〜”と感じたまま伝えたけれど、“全然えらくないよ!”と返されてしまい、そうよね、やる気でやっている人は、自分をえらいだなんて思っているはずが無いよねと気付いた。

定のレベルに達した後、それを維持するのがどんなに大変か、今まさに身を持って体感しているだけに、こういう人たちの存在は眩しい。でも、今回のクラスでメンバーのそれぞれが同じように感じているということが分かった。「本当、使わなくなったら最後、どんどん忘れてしまうもの。」誰かが言った時、全員が頷いた。「やっぱり10年後も話していたいから、明日も話すのよね。」・・・なんだか感動した。そんなこと考えてもみなかった。10年後、私も英語を忘れていないだろうか。


May 19, 2004

日毎日、そろそろ食傷気味の話題といえば、国会議員の年金未納・未加入問題。誰が未納で誰が未加入でって、そんなこと、はっきり言って私は興味ない。何度も繰り返される批判や度を越した反応は目に余るし、だからどうすればよいのかという前向きで建設的な発想に早く切り替えればよいのにと、余計なお世話を思ってしまうのだが。

んな風に考えていると、日本には年金制度があるのに、それについて詳しく学ぶ機会が無いことに問題があるように感じる。大事なことなのに学校で習った事もない。年金は国民の義務とはいえ、個人個人で自主的に行動しなければならない部分が多いため、なんとなく放ったらかしのままなら未納、未加入状態になってしまうのもわかる気がする。年金に限らずお役所手続き全てに言えることながら、知っていれば得する制度や知らなければ困る制度の情報が広く行き届いていないのだ。

が20歳になった時、年金を払う年になったという通知がきたけれど、当時学生だった身分で毎月年金を払うのはキツイなぁと正直思った。おまけに自分が年金を受給する頃など遠い未来に感じたし、友人の中には行き先不安な年金なんて“払わない主義”を掲げる人までいたので、ますます年金制度について知らない事が多すぎると思ったものだ。今や私はサラリーマンの妻という身分。住民票を海外から移したとき、何かしたっけ・・・まさか私も未納だったりして?などとふと不安になる自分の年金。会社員ならば手続きは会社がしてくれるし、年金もお給料から天引きされているから、本人は何もしなくても国会議員のように「実は未納でした!」と混乱する事も無いけれど、私の分は大丈夫かしら・・・。要確認。



動車の教習所で運転の仕方を習った後、免許を取って最初に思ったのは“ガソリンの入れ方、スタンドの入り方が分からない”ということだった。車にとって必要不可欠な燃料、自分でどうやって入れるの?ガソリンスタンドのマナーとか、ルールはあるの?そういう使える教育もカリキュラムに入れてよねぇと、ガソリンスタンドに入るのもドキドキしながら思ったのだ。年金とはちょっと違うけれど、必要な情報を教育して欲しいのに、そうでない場合ってけっこうある。


May 17, 2004

い・・・。湿度がある29℃は本当に暑い。暑いと人は怒りっぽくなるものだから、私も今日はイライラしているのだ。それなのに、何なの?あの郵便局の使えない窓口は・・・まったく。アメリカにいる友人に小包を送るため、郵便局へ行った。窓口での、こんな会話に要注意。

窓「失礼ですが、中身は何ですか?」 私「衣類と食物です」
窓「中に手紙が入ってますか」 私「入ってますけど」
窓「じゃ、手紙扱いになりますので手紙の料金で2100円になります」
私「あの、手紙じゃなかったらいくらになるんですか」
窓「ええと・・・1050円です」
私「そんなに違うんでしたら、普通の小包扱いでいいです。(だって、小包だし)」
窓「でも手紙が入っているのですよね、そうしたら手紙扱いにしてもらわないと・・・」
私「(個人で手紙の入ってない小包の方が少ないんじゃないの?と思いつつ)メインは荷物ですから」
窓「もし小包にするのでしたら手紙は出していただく事になりますけど」
私「(もう梱包してるのに、そんなバカな・・・)いえ、このままでいいんで。」
窓「アメリカは小包にしますと税関やらセキュリティで何かと時間が掛かって、中身をチェックされる事もありますし、食品が入っているということですとアメリカだけなんですけど、検査が余計に厳しいんです。手紙だと開けられないんですけどねぇ。それでも送られるというのなら、もしかすると送り主の負担で日本に送り返されることもあるし、紛失してしまうこともあるという覚悟でいてくださいね」
私「(???)でも、小包で良いです」

々というか、苛立ち始めた私に諦めたのか、長くて要領を得ないやりとりの後で窓口はようやく小包扱いにしてくれた。思うに、個人へのメールで手紙の入っていない小包なんてあるのだろうか?仮に手紙が入っていたとしても、箱に入って送るものを手紙だと考えるのっておかしくないか?それも送料が2倍も違うだなんて、エアメールなんてたまにしか送らないから「ああそうですか」と多くは納得するし、これって堂々としたぼったくり商法なんじゃないの?不快感をあらわにした相手の偉そうな態度に私の中では不満がふつふつ。

もそも1日に一体いくつの荷物が海外に送られているというのだ?私が送ったのなんてその中の小さな1個だし、アメリカに限らず小包が開けられたりロストするなんてのは珍しい事でもない。気になったのは「手紙料金だと開けられる事はない」だなんて、そんなの初耳だ。本当にそうなのかもしれないけれど、それは薄っぺらい封筒に入った手紙についてのルールではないのか?だって、手紙だから開けられないなんて決まりがあったら、手紙扱いにして箱の中に輸出入してはいけない危険な物を入れる悪い人だって当然現れるはずだ。なんだか本末転倒な話。お役所仕事の決まり台詞なら仕方がないけど、あまりにも親切心を感じない対応に暑さもよりいっそうヒートアップ!という感じだった。


May 16, 2004

雨にはまだ早いけれど、しとしと降る雨はなんだかそれっぽい。私は雨の日はあまり好きではないけれど、これを通り越して夏が来る。自然と四季の移り変わりが感じられるから、日本はやっぱり美しい所だと思う。梅雨のうっとうしさも鮮やかな緑のため、後で渇水にならないためと思えば恵みの雨に思える。天気予報でも今週は長雨があるといっていたから、洗濯物だけは溜め込まないようにしなくては。

・雑草退治。週末にホームセンターで除草剤を買っておいた。慣れないことなので事前にしっかりマニュアルを読むと、雨上がりが最も効果的だという。そこでマニュアル通り、雨上がりに庭に出て除草剤を撒いた。風が強い日に薬品を撒くのは気が惹けたけれど、地面に付いた粒が吹き飛ぶような感じでもなかったので、家の範囲だけを囲むようにパラパラと振りかけていった。除草剤の効果が現れるのは半月ぐらい先だから、変化を気長に待とう。ウッドデッキの夢も近い。

れから我が家の庭にはもう1つの問題がある。それはアリの巣と、“団子になれないダンゴムシ(ワラジムシ?)”の巣だ。庭に点在しているアリの巣には忙しく働く無数のアリの姿があり、それだけならまだしも、ダンゴもどきが一箇所に群がる姿には鳥肌ものである。(草むしりの時、私は数回この巣に遭遇して凍りついたのであった・・・。)こうなったら除草と一緒に虫退治も始めなくては。

草剤と一緒に買っておいた除虫剤は、巣や単体に向かって噴出すタイプだった。蓋を開け、ボトルの胴体をプッシュすると、噴出し口から粉状の薬剤が出てくる。意を決してダンゴもどきの巣に吹きかけた。が、その瞬間に強風がっっ!大失敗、粒子の細かい粉は巻き上がり、一瞬で周囲に飛び散ってしまった。防御マスクをしておいてよかった。と、この姿(帽子、タオル、ゴム手袋、マスク、しかも家着)の私に誰かが「こんにちは」と声をかけてきた。う、こんな時に話し掛けないで〜と思いつつ、無視するのも失礼なので、仕方なくその声の主の方を見て挨拶を返した。柵の向こうで、家庭菜園の手入れをするおじさんがいた。近くで除草剤を撒いていたから、迷惑がられていないと良いけど・・・。住宅がひしめいている場所では、やっぱり気を使う。


May 14, 2004

月に出産した従姉の家を訪ねた。まだ小さな赤ちゃんを見たら、どれだけminimuが大きくなったのかが分かった。この2人、本当に同級生なの〜?というのも衝撃である。毎度のことながら子供の成長には本当に驚かされ、素直に感動してしまう。恐る恐る抱き上げると、まだ出来たてほやほやの赤ちゃんはいい匂いがした。私の腕の中にぺったりくっつきしながら唇をはむはむさせておっぱいをさがす姿に、懐かしさを覚えた。

inimuにもこんな頃もあったなんて、たった1年前なのに信じ難い。毎日一緒にいると、その日その日だけで精一杯で、ほんの小さな変化は日々に押し流されてしまうのだろう。毎日顔を合わせていると分かりにくいけれど、確かに何かが変わっていく。


May 13, 2004

に1度の料理教室。このところ主催者自らのポスティングが功を奏してか、教室は大盛況だ。今日も新しい参加者が増えていたし、最初こそ月に1回の開催だったのが今や3回に分けて希望者を振り分けている状態なのだという。子連れOKで、しかも人員制限をかけないというポリシーもありがたいのに、参加費のお手ごろさや居心地の良さ、教室内容などを考慮すれば、人気の理由もなんとなく分かる。

理教室があまり人気になってしまうと、私を含めた新参者について、第1回から参加しているようなベテランさん達はどう思っているのか、ちょっと気になる。お気に入りのバンドがひょんな事からメジャーデビューして、自分は最初からのファンだったのに、売れっ子になってからはいつしか遠い存在になってしまったとか、穴場でよく利用していた行きつけのレストランが雑誌に取り上げられたことでいきなり人気になってしまったとか・・・そんな時に一抹の寂しさを感じるように、複雑な気持ちを抱いているかもしれない。

実問題、あまりにも人気になりすぎると、そのうちもっと広い場所を借りたり、新しくベビーシッターを雇ったり、それに伴って参加費を上げたりしなければならなくなるだろうし、大きくなった教室を個人の経営で切り盛りするのは大変になるだろう。だから一参加者としては、願わくは小規模ならではのメリットを残しつつ、今後もぼちぼち発展していってもらいたいなぁと、実に自分勝手な事も思ってしまうのである。料理教室の発展を願いつつ、ちょっと矛盾している本音もチラホラ。

も、もちろん料理教室が発展して行くのを眺めているは嬉しいし、端から見て勉強になることが沢山ある。ここで書くのはもしかすると初めてかもしれないけれど、実は私はフードコーディネーターなどという履歴書に書く以外は使えない資格を持っている。数年前、志し半ばで渡米したこともあり、実際の仕事に関してはまったく尻切れトンボの中途半端状態で終わってしまったものの、好きなものは好き、それだけは変わっていない。

きを仕事に出来るかどうかはその人の実力や努力や運次第だけれど、もし目指す道を決めて、その目標に向かって生きられるとしたら、それは当たり前じゃないラッキーなことだし、その人は素直にすごいと思う。私の場合は、食という分野が結果として勉強や趣味の粋を出ずに、プツと立ち消えしてしまったけれど。だけど好きなものは好き。それで良いのだ。すっかり話が逸れてしまったけれど、今はその好きに僅かに触れて、幸せな一時を楽しんでいる。


May 12, 2004

年の4月に入ってから、日本ではどこの店でも表示価格に消費税が含まれるように統一された。正札には消費税抜きと、込みの価格が2つ並んで書かれている。このように内税になった事で、暗算がしやすいとか4桁の買い物がレジで5桁にならないとか、消費者にとって分かり易いのは良いことながら、一瞬安くなったかな?というまやかしのような感覚になるのも事実だったりする。今後に消費税率がアップした場合を考慮した対策だとも聞いたけれど、消費税をただ上げると言えば反感を買うので、アメリカや諸外国のように食料品や生活必需品には税をかけないようにするなど、低所得者にもやさしい消費税にしたらよいのにと思う。

の消費税の表示が変わった後で、私は小さな失敗をしてしまった。先日車で買い物に行った時に、あるお店で1960円の商品を買った。この金額なら消費税が外税だった頃は2000円を越える買い物なので、2000円以上で駐車券サービスが受けられるはずだったのだ。それなのに、あとたった40円なのにお店の人にこう言われてしまった。「あのぉ〜、駐車券、2000円以上じゃないとダメなんですよぉ〜」・・・あ、やっぱりダメなの?正直言うと、私の中には40円ぐらい(まして駐車券なのだから)大目に見てくれないかなという期待もあった。他の店との合算さえ出来ないというし、とてもガッカリだ。

ともう少しだけ、何か買おうか悩んだ。でも、もうレジで会計を済ませつつあったので、諦めてしまった。本音とは裏腹に仕方ないかとすんなり受け入れ、食い下がりもしなかった。それで結局駐車場代として450円もかかったのである。450円分買い物しても同じだったのに。私のバカ〜!!!


May 11, 2004

語のレッスンに誘われた。といっても私がではなくて、minimuが、である。いつもの英語教室の先生が新しく企画した「子供とママの英語で遊ぶ教室」のトライアルが今週から始まるということで、子連れの私にも声をかけてくれたのだ。この教室は、子供を小さな頃からバイリンガルにしようなどというお勉強的な狙いではなく、遊びを通じて英語のエッセンスのようなものを感じてくれれば・・・という、あくまでも楽しんで英語と親しむのを目的とした企画らしい。

人立ちも出来ないminimuにはまだちょっと早いかと思ったものの、せっかくなので参加してみた。若い女性の先生が中心となり、クラス中は基本的には英語ながら、時々日本語が堪能な先生がヘルプの通訳をしながら進行する。登場するのは英語とはいっても「What's your name?」とか、redやblueといった色の名前などだけなので、普通に日本でも耳にしたことのある言葉ばかりで、親が英語を分からなくてもまったく問題無しの内容だった。クラスの途中でminimuがあちこちに逃亡することを除けば、歌や踊りや工作などをして楽しめた。それにしても子供と一緒にバタバタと暴れるとけっこう疲れるし、今日のように暑い日には汗だくになってしまう。どうかな、次回も参加しようかなぁ・・・。minimuよ、どうかね??


May 9, 2004

日は母の日ということで、私の母と一緒に食事をした。思えば私も母の端くれなのだが、あまり自分のための記念日だという認識がないのだ。でも・・・。

イチの歯医者の後で、スーパーに立ち寄った。すると大量にいるいる、子連れのお父さんが!見不慣れな様子で食材を選び、子供とああだこうだ言いながら買い物をしているではないか。私は“あ、今日は母の日だから、食事を作ってあげるのかぁ”と思った。同時に、この光景にちょっと羨ましくなった。こんな私にも、母の日だしお料理作って貰いたい!という願望がふつふつと沸いてきたのだ。(想像するに、普段使い慣れていない台所では勝手が分からず、後で自分が大変な事になるであろうという気もするのだが。)

て、この週末の日記をサボって私が何をしていたかというと、他でもない「雑草との闘い」である。早々に沖縄が梅雨入りし、関東も雨の日が増えて、ふと庭を見たら雑草がイキイキと発育中という状態に、私もいい加減に危機を感じたのだ。ゴルフのキャディ風ファッションに身を包み、意を決して重い腰をあげたはいいけれど、想像通り作業は体にこたえる。しゃがみっぱなしで地面に向かい、延々と雑草を抜く。日差しは暑い、砂埃は舞い飛ぶ、虫はいきなり飛び出す、本当に参った。2日に分けて挑んだのに、摘み取れない新芽は無数にあるので、結局はいたちごっこなのだ。作業後にまっさきに洗面台に行き、うがいをしたら鼻も口も砂だらけになっていた。蚊にさされが4箇所。疲れたぁ〜、、、しかも痒いし・・・

が雑草と格闘している時、同時に並びの家では庭を手入れ中の男性がいた。その庭は見るも美しい手入れされた庭で、雑草など一つもない。あまりの差に、思わず話し掛けてみた。「とてもお庭がきれいですよね。どうしたらそんな風にできるんですか?」すると、その人は私の怪しい格好に状況を見通したのか、「この辺て、雑草が凄いんですよ、大変だからウチは除草剤を撒いてます」と言った。やっぱり、最後の手段だと思っていた除草剤を使わないといけないのか。除草剤で庭をサッパリさせて、そこに鉢植えを並べるというのは自然に対して矛盾していると思うけれど、今の雑草ジャングルが夏に向けてパワーアップすることを思えば、早めに手を打っておくのが賢い選択なのだろう。夏に向けて私が目指しているのは、ミニウッドデッキ&minimuのゴムプールなのだ。ああ、道は険しい。


May 7, 2004

近日本のテレビ番組に多いのが、法律を扱ったもの。王道なのはドラマ仕立てのVTRが流れ、決め台詞の「訴えてやる!」とか「離婚だ離婚!」が飛び出し、言われた方の○○さんは有罪か無罪か、離婚出来るのか出来ないのかなどをスタジオのゲスト達があれこれ話し、弁護士による判決が出るというパターンである。どこにでもありそうな身近なケースを持ち出し、分かり易く問題を説明してくれるのがウケているようだ。その内容は遺産相続、離婚問題、詐欺行為等々・・・。まるで知らなかった刑法なども意外と勉強になる。でも、あまりにも似たような番組が多いと、どこかの模倣ばかりで飽きてしまう。

“今、私は悩んでいる。”

の住むアパートは、テラスハウス(アメリカでは、タウンハウスの事)という形態の建物で、二階建ての家が中心で左右対称に別れていて、右のドアから入るとmiyamu宅、左のドアから入るとお隣さんというようになっている。建物を囲む庭も、中心から右側はmiyamu宅のテリトリーなので、そこには植物を植えたり、イスやテーブルを置いたりしても良い。現状は庭いじりどころではなく、両家共に雑草の茂みに覆われているのだが。

、問題は何かというと・・・。去年の秋のこと。引越ししてきた私の目をとらえたのは、お隣のエリアに生えているイチゴの葉だった。その当時、隣はまだ空室だったため、以前そこに住んでいた人が植えたイチゴのようだった。すでに野生化し、何箇所かに密生していた。“へぇ〜、イチゴがあるよ”と、私はそのことを夫に伝えた。しかし彼は植物にあまり興味が無さそうで、“ふ〜ん”程度の反応が返って来た。

が過ぎて季節が変化し、3月の終わり頃、とうとうイチゴに花が咲いた。私はドアの前にある通路に立ち止まり、自然のパワーに素直に感動した。もうすぐ実がなるぞ・・・そう思うと、自分が植えたイチゴでもないのに妙に嬉しくて、その成長が楽しかった。それから数日後、私の思ったとおり、花びらが落ちたイチゴの額に小さな黄緑のイチゴの実がついているのが見えた。そして今、そのイチゴは見事に赤く色づき、たわわに実っているではないか!!!感動のあまり近づいて手に取って触ってみたら、イチゴの実はずっしりと重たかった。雑草の中でイチゴの赤が燦然と輝いている。

“うわ、絶対に甘くないだろうけど、かじってみたい・・・かも。”

の胸に、危険な欲求がふつふつと沸いてきた。たとえ雑草に紛れたイチゴでも、お隣の領域にある以上は私の手の届かない物であろうことは予想できる。しかしながらお隣さんは、イチゴの存在にすら気付いていないのではないだろうかというような感じさえする。けれど、それでも取ったらダメだろう。でも、たかが野生のイチゴだよ・・・?子供の頃、近所の庭になっていた枇杷を取ったり、木苺を摘んで食べたりしていたじゃない?大丈夫かもしれないよ???渦のような葛藤に襲われる。

こで話は振り出しに戻るのであった。このケース、「miyamuはイチゴを取った罪に・・・・・・問われるor問われない」さあどっちだ?私が今まで見た法律番組のパターンから言うと、「miyamuは窃盗罪。即ち有罪!」という判決になりそうだ。ポイントは、私がいい年した大人であること、それにイチゴがお隣のエリアに生えていることだ。そんなことで有罪になるくらいなら、私はイチゴのパックを買うべきなのだ。でも、陰ながらずっと成長を見守ってきたのに・・・。切ない・・・。


May 6, 2004

差があるのでまだ半日以上先のことながら、気になって仕方ないことがある。今日はアメリカの人気ドラマ(sitcom/situation comedyの略)、「F・R・I・E・N・D・S」の最終エピソードが放映される日なのだ。FRIENDSは、見るものが少ないアメリカのテレビ番組の中で、いつも楽しく見ることができた数少ない番組だった。毎日のように再放送を見ては、劇中の仲良し男女6人組が繰り広げるドタバタを笑いつつ、ネイティブの会話をリスニングしていたこともある。

よいよやって来た最終エピソードでは、物語の最後には誰と誰が結ばれるのか(みえみえでも、いいの!)、どんなイベント&どんでん返しが待ち構えているのかなど、お楽しみがいっぱいなのである。私は昨シーズン(#9)まではリアルタイムで見ていたけれど、帰国してから始まった今シーズンなので、どなたかアメリカで放送をご覧になっても、いつかDVDなどで見る日が来るまで私には内緒にしておいてください。どうぞヨロシク。


May 5, 2004

月5日は子供の日。男の子であるminimuにとって初めての端午の節句である。近くのデパートで赤ちゃん用の木琴を買って、プレゼントした。ドレミファソの5音だけの木琴でも、叩くのが楽しい赤ちゃんにはこの程度のシンプルさでちょうど良いと思う。帰宅してから、さっそく木琴を箱から出して試演奏してみた。
ド・レ・コン・ファ・キン・・・。な、何だか変な音階・・・。というか、全然ドレミファソの音になってないよぉ〜。これで遊び続けたら、もしやminimuが音痴になってしまう危険があるのでは!?と、真剣に心配になる。

供の日の大人の楽しみ、柏餅。今年はminimuの初節句ということと、久し振りに日本で迎える子供の日ということで、柏餅もちょっと奮発してみた。スーパーで売っているお得用パックを買わず、亀屋万年堂(ローカルでスミマセン)に柏餅を買いに行った。そのお値段、1個170円!これは、スーパーの3個入りが買えそうな値段ではないか。高いなぁと思いつつ、こし餡とつぶ餡を2個ずつ買った。しめて680円也。意外な出費だったけれど、美味しかったから許そう。

屋万年堂といえば、思い出すのは鶴屋千年堂。学生時代、通学に使っていた東横線の車窓から一瞬見えた謎の店である。その日、友人と雑談しながら車窓から外を見ていた。すると、通り過ぎた線路沿いの道の向こうに鶴屋千年堂があったのだ。思わず友人と顔を見合わせる。亀屋じゃなくて、鶴屋。万年じゃなくて、千年。この時の衝撃(というか笑撃)は忘れがたいものがある。あの亀屋万年堂に挑んでいるようで、最初から負けているネーミングが、冷静に考えたらとても面白くてツボにはまったのだ。

かし、2人でおなかを抱えて笑っていたら、鶴屋千年堂のあった場所がどこだか分からなくなってしまった。そこで後日、またあの店の場所を確認すべく、学校の帰りに一緒に東横線に乗った。窓にかじりついて外を見ていた。意識すると見つからないもので、1日目は失敗、続く2日目にして晴れて鶴屋千年堂を再確認したのであった。友人と共有した不思議な充実感も、今となっては懐かしい。でも、こんなことに真面目に挑戦していた自分達もそうとう愉快である。あの場所に、鶴屋はまだあるのかなぁ・・・。


May 4, 2004

年のGWは、かねてから日記にも書いていたとおり、夫の実家に帰省していた。旅の思い出をご紹介。

黄色いクルクル回るやつ
そこは車無しでは生活できないちょっとした田舎町。お店には決まって駐車場があり、当然飲食店にも(お酒を飲むお店でさえ)駐車場が備わっている。そこで見つけたおもしろい物。それこそ、“黄色いクルクル回るやつ”だ。これは何かと申しますと、覆面パトカーに搭載されたクルクル回る赤いランプを黄色にしたもので、このランプが回転していれば外から見ただけでそのお店が“営業中”だと分かる、便利なサインなのだ。このクルクルは看板やPの文字の横に付いているので、「今日はこの店でも行こうか」と車を駐車場に入れたのに、軒先には“本日休業”の文字があってガックリ・・・という失敗を防げる。それが数軒のお店に付いているだけならば別に取り上げる必要もないけれど、見事なまでにほとんどのお店に付いているものだからすごい。もしかして、飲食店のルールなの?

仮面ライダーショウ
立ち寄った総合ショッピングモールがなんだか騒々しい。と、前方に人だかりが!気になって近寄ってみると特設ステージの真ん中にこわ〜い怪人が3匹(人?)もいるではないか。しかも集まった子供達に向かって、ライダーに助けを呼ぶ声のレッスンをしている様子・・・。どすの利いた声で「ゥお前達ィ、声が小さいぞォ」と、何回もやり直しさせている。子供達を使って敵をおびき寄せるたぁ、さすが悪い怪人だ!こうして無事(?)助けの声を聞きつけてやってきたライダー3人によって、地球とショッピングモールの平和は保たれたのであった。最後はお約束のライダーと一緒に写真を撮るコーナー。ステージに向かって長蛇の列。子供達はみんな楽しそう。そのうち私もあの行列にminimuと一緒に並ぶ日が来るのだろうか。

車に虫、虫、虫。
高速道路を長時間走っていると、車のフロントガラスには無残にも衝突で命を落とした
大量の虫がくっついてしまう。今回も片道を走り終えた車を見てみたら、案の定、ガラスだけでなく全体にくっついた無数の虫を発見。それはそれは・・・うげ〜・・・という状態だった。この虫の跡がなかなかの曲者で、普通にワイパーを動かしたぐらいでは全然取れないのだ。それでもガソリンを入れた時、気の利いた店員さんがこの汚れを雑巾でゴシゴシと拭きとってくれたのだが、問題はガラス以外の前面パーツにびっしりついた虫をどうするか・・・。今朝、夫が意を決して(?)虫を拭きとる作業にとりかかっていた。エ、エライ!!さて、あとは今晩の雨がどれぐらい洗い流してくれるか。普段は嫌いな雨でも、期待しているぞ。

雑草パワーおそるべし
え、私達、4日だよね?家空けたの・・・。僅かな間で、なんと庭が小ジャングルになりつつある。タンポポはあっという間に綿毛に変貌し、見事に咲いたビンボウ草(ハルジオン)が風にそよいで・・・。ささやかな私のジャガイモ畑も、もうどれだかわからない。う〜、雑草パワーおそるべし。これは草むしりを後回しにしていたツケ?これを全部処理するなんて本当に気が重い。このまま夏を越え、秋が来て、冬になったら雑草たちは枯れるのだろうか?と、ついこのまま放置したい気分になってしまう。でも夏になったらどうなるのか想像するに、恐ろしい・・・。


May 3, 2004

省先から帰ってきたのは3日の夜だった。10時ごろに出発したものの、子連れにつき休み休みになった行程と、最後はUターン渋滞に巻き込またことが相まって、結局半日かけての帰路となった。長時間の移動は疲れたけれど、延々と変化していく風景を眺めるのは楽しいし、もちろんサービスエリアで名物をチェックするのも忘れてはならないお楽しみだったりするので、それほど苦にはならなかった。

分達の車のナンバーが明らかに“よそ者”だった場所から、高速道路を東京方面に向かって上っていくと、静岡あたりでは他のハマナン車(横浜ナンバーの車のこと、そう呼んでます。ウチだけ?)をいくつも発見できてちょっと安心する。さらに同じ時間に渋滞に巻き込まれるので、追いつけ追い越せと妙な仲間意識まで沸いてくる。みんな頑張って帰るんだから、私たちも頑張ろうという気持ちになるというか、何というか・・・不思議。ああ。でもそろそろ本気で睡魔がやってきた。帰省の話、本編はまた明日!おやすみなさい。




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